東京新聞 2010年(平成22年)10月28日(土曜日)
スポーツの滴 ー 佐藤 次郎 ー
スカイハイ・リングス
心のカギを開けにいく
坂本博之の話しぶりはいつも迷いなく、歯切れがいい。「平成のKOキング」と呼ばれて、ボクシングのリングに鮮烈な記憶を残したファイターには、明快な目標と確固たる信念があるからだ。
東洋太平洋、日本ライト級王者となり、世界にも4度挑戦した現役時代から、自らが少年時代を過ごした福岡の児童養護施設「和白青松園」への支援に力をそそいできた。3年前からはそれを、各地の施設を回って子どもたちを励ます活動「SRS」へと発展させている。SRSはスカイハイ・リングスの略。天まで届くほどの心の輪という意味だ。
全国の児童養護施設の子どもたちの手助けをしたい。それが坂本博之の明快な目標である。施設の子どもたちへの支援がいかに大事かを彼は知り尽くしている。だからそれをライフワークと定めた。
引退して3年。坂本は8月、東京・西日暮里にジムを開いて「SRSボクシングジム」と名付けた。かつての王者として強い選手を育てていくのはもちろんだが、その名が示す通り、これは施設からボクシングを志す子どもたちを受け入れるための場でもある。心の中には、常に「彼らのため」の思いがある。
「3年前、全国の児童養護施設は558でした。いまは565。(施設の子の)6割が虐待です。彼らを傷つけたのは大人たち。でも、それに気づいてあげられるのも大人たちなんです」
「僕はボクシングで変わりました。それを彼らにも伝えたい。一生懸命やれば生い立ちは関係ない。運命は変えられるんです」
SRSではもう40近くの施設を回った。すべて無償の活動だ。理解し、協力してくれるスタッフとともに、2時間のボクシングセッション。「思いを挙にのせて打ってこい」と子どもたちの相手を務める。「彼らが閉ざした心のカギを開ける」のである。さらに卒園後の就職や部屋探しの面倒もみる。
そして坂本の確固たる信念とはこれだ。
「熱なんです。熱を伝えれば必ず熱が返ってくる。人に対しては熱をもって接しようと思ってます」
ジムの指導。SRSの活動。休みはない。夢は、各地の養護施設を出て上京する若者たちのために、自立の拠点となるホームをつくること。どんなに苦しくても突進を止めなかった現役時代と同じように、39歳のいまも攻め続けている。
(編集委員兼論説委員)